4月9日10時21分配信 産経新聞
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北京オリンピックの聖火リレーが、各地で災難にあってるようですな。中国当局は、チベットの独立を主張する一部の人の仕業としているようですが、実際は各国の活動家も含めて、一般市民の参加もあるようです。
ただ、聖火を奪い取ろうとしたり、進行を妨害するなどの行為を、「暴力ではない」と主張している活動家がいるようですが、これは思い違いもはなはだしいと言わざるを得ないでしょう。
言葉の暴力もあるでしょうが、暴力というのは強制力のことです。物理的な力によって他人の行為を強制することが暴力なのです。聖火リレーは、オリンピックという人類の平和的な行事の一環であり、政治とは全く関係がありません。また、その聖火リレーを行っているのは一般の市民であり、そういう人たちの行動を力で押さえつけようとすることは、暴力以外の何ものでもないでしょう。
捕鯨に反対する人たちが捕鯨船になにやら薬物を投げ込んだように、自分たちの主張を押し通すためには暴力も辞さずという考えは、テロと同じレベルではありませんか。もしそれが許されるなら、世の中のあらゆる暴力が、その人の正義という名の下に許されるでしょう。
中国政府がオリンピックを利用しようとしているという主張も、間違ってはいないでしょう。しかし、聖火リレーを妨害する活動も、オリンピックを利用した政治活動に他ならないでしょう。
世の中には、様々な考え方の人がいるのです。他人の考え方が気に入らないからと、力でもって他人の考えを変えようとすることは、とても知能の高い大人のすることじゃありません。世の中には、思い通りにならないことがたくさんあることを理解すべきです。
その上で主張すべきは主張し、他の人の共感を呼ぶようにすべきでしょう。それは、簡単なことではありません。簡単なことではありませんが、暴力によって誰かを傷つけるよりはマシという、愛のある大人の選択肢なのです。



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