前回の私の批判の概要は、次の通りです。読売新聞は、一方で税も保険料も国民にとっては同じと指摘しながら、自ら主張する保険料方式のメリットをアピールするとき、消費税率のアップが少なく済むとだけ主張している。これは矛盾ではないかと。
それに対して今回は、税負担と保険料負担を合算した場合でも、税方式が負担が大きくなるとしています。しかし、これもおかしいんですよ。
普通に考えてみればわかることです。出る量が同じだったら、そのために必要な財源の総額は同じなのです。現在の企業が負担する分をすべて、国民が負担する消費税にしたら、国民一人あたりの負担額が増えるのは当たり前じゃないですか。
もし平等に扱うのなら、今まで企業が負担する分は、事業税のアップなど、他の税で負担すればいいのです。ともかく、保険料などという入口を増やすから、余分な職員が必要になるし、仕組も複雑になって、ゴマカシが利くようになるのです。
税にして、一般財源に一本化してしまえば、チェックも容易になるでしょう。コストも少なくて済みます。だから、出る量が少なくなるのですから、入る量も少なくて済むのです。
次に、読売新聞では、消費税方式は所得の少ない人の負担が大きくなると試算しています。これは2つの点で過ちです。
まず1つは、誰でも負担が少ない方がうれしいに決まっているではありませんか。そういうことを政争の具として利用するのはいかがかと民主党の対応を社説で批判しながら、一方では自分の保険料方式を受け入れやすく思わせるために、所得が少ない人に有利だと主張する。
これでは民主党を批判する資格はないでしょう。総額が変わらない限り、構造を変えようとすれば、どこかが増え、どこかが減るのです。そんなことは当たり前です。では、どう負担しあえば良いのか、ということが問題なのではありませんか。
もう1つは、一方的に貧しい人の負担が大きくなるとしている点です。そうでしょうか?それは机上の空論にすぎないのではないでしょうか?
移行期間もしっかりとり、国民が仮に25%の消費税に慣れたとき、どのような消費行動をとるか、そうなったときの物価がどうなっているのか、そこまで計算した上のことでしょうか?
それと、国民の負担が大きければダメということでもないはずです。実際北欧諸国では、国民が日本以上の負担を背負っています。しかし、十分な社会保障があって生活に不安がないから満足していると、多くの国民が言っているそうです。
そういうことを検討しなければならないのに、単純に計算しやすい材料だけ用いて自説が正しいと主張するのは、マスコミという大きな力を利用した、あまり褒められたものではないやり方ではないかと思いますよ。



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